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山口地方裁判所徳山支部 昭和59年(ワ)89号 判決

主文

一  被告は、原告久保トモ子に対し、金八三五万五九五〇円及び内金七九五万五九五〇円に対する昭和五七年九月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告福森由希に対し、金二万九五六四円及びこれに対する昭和五七年九月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  被告は、原告久保トモ子に対し、金一六九三万三一七七円及び内金一五四三万三一七七円に対する昭和五七年九月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告福森由希に対し、五万九五六四円及びこれに対する昭和五七年九月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求の原因

1  本件事故の発生

(一) 発生日時 昭和五七年九月一〇日一九時五〇分ころ

(二) 発生場所 光市宝町四―一六先路上

(三) 事故態様

原告久保トモ子(以下「原告久保」という)が原告福森由希(以下「原告福森」という)を背負つて道路端を歩行していたところ、被告操縦の自転車が、高速度で走行してきて原告らに背後から衝突したため、原告らは前方に転倒した。

(四) 原告らが被つた傷害

原告久保は両下顎骨関節突起骨折、歯欠損等、原告福森は頭部外傷等の傷害をそれぞれ負つた。

2  被告の責任原因

右事故現場は下り坂で、しかも夜間であるから、被告は、前方の安全を確認しつつ、安全な速度で自転車を操縦するべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と高速度で走行した過失により、本件事故を起こした(民法七〇九条)。

3  原告久保の損害

(一) 治療費(診断書代を含む)

(1) 広島大学歯学部附属病院(以下「広大病院」という) 九万一七五五円

自己負担分合計一五万二六八五円から、被告が直接同病院に支払つた五万九九三〇円を控除した残額

(2) 徳山中央病院 三〇六九円

(3) 光市立病院 七三六〇円

自己負担分合計五万二一八〇円から、被告が直接同病院に支払つた四万四八二〇円を控除した残額

計一〇万二一八四円

(二) 付添費 六万三八八八円

原告久保の姉文子は、昭和五七年九月一一日から同月二二日まで、一二日間欠勤して原告久保に付添つた。右文子は日立笠戸重工業協同組合に勤務し、一日当り五三二四円の収入を得ていたから、その一二日間の休業損害相当額を付添費として請求する。

(三) 交通費 六一万八四六〇円

原告久保が広大病院に入院、通院した際、その娘福森由美子やその夫福森健二が同原告に付添つたが、被告はこれに要する交通費の全額を負担することを承諾した。

(四) 物損

(1) メガネ代(破損して使用不能) 五万七〇〇〇円

(2) ふとん代(血が付着し使用不能) 五万六〇〇〇円

(3) 時計代(紛失) 八万〇〇〇〇円

計一九万三〇〇〇円

(五) 入院雑費 三万三〇〇〇円

一日一〇〇〇円の三三日分

(六) 薬代(薬局で買つたもの) 六万四四七五円

(七) 医療器具代 三万〇〇〇〇円

(八) 宿泊費 七一万四二三〇円

被告は、原告久保が広大病院に入院、通院した際の宿泊費及びこれに付添つた前記福森由美子、同健二の宿泊費の全額を負担することを承諾した。

(九) 休業損害 一六九万五〇二四円

原告久保は、本件事故のため、事故日である昭和五七年九月一〇日から昭和五八年七月四日まで二九八日間就労できなかつたが、昭和五七年賃金センサスによれば、女子労働者四七歳の平均賃金に基づく一日当り金額は五六八八円であるから、右金額に右日数を乗じた金額である。

原告久保の事故前の収入は、呉服販売店のパート及び冠婚葬祭の着付けにより月平均一六~一七万円であり、同原告は主婦として家事労働もしていたのであるから、その休業損害を、右平均賃金を基礎として算定するのは、合理的かつ妥当である。また、家事労働にのみ従事している専業主婦でも、その休業損害は平均賃金を基礎に算定するのであるから、原告久保のような兼業主婦の場合は、休業損害として最低限平均賃金額まで請求できる。

(一〇) 傷害慰謝料 一二〇万〇〇〇〇円

原告久保は、本件事故のため三三日入院、約四ケ月通院したものであり、傷害の程度、事故の態様を考え合わせると、傷害慰謝料としては、一二〇万円が相当である。

(一一) 歯の治療代及び義歯代 七〇万〇〇〇〇円

(一二) 後遺症慰謝料 五二二万〇〇〇〇円

原告久保の傷害は、昭和五八年三月二八日症状固定したが、次の後遺症が残つた。

(1) 一六歯が欠損し、これに歯科補綴を加えた(自動車損害賠償保障法施行令別表一〇級三号)

(2) 右側顎関節部に放散痛がある(同一二級一二号)

(3) 咀しやく機能に傷害を残した(同一〇級二号)

(4) 下顎部に創痕二個があり、外貌に醜状を残した(同一二級一四号)

右後遺症のため、原告久保は筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被つているものであり、これを慰謝するには金五二二万円(九級の保険金額)が相当である。

(一三) 後遺症による逸失利益 七三五万二四八八円

原告久保は、右後遺症のため、絶えず痛みや耳鳴りに悩まされ、食事も満足にできず、睡眠も十分とれない状況で、体力が衰え、労働能力を相当程度喪失したものであり、その割合は少くとも二七%(一〇級相当)である。

そうすると、これによる逸失利益は、前記平均賃金の年額二〇七万六二〇〇円に右喪失率及び六七歳まで一九年のホフマン係数一三・一一六〇を乗じた右金額となる。

(一四) 弁護士費用 一五〇万〇〇〇〇円

以上(一)ないし(一四)計一九四八万六七四九円

4  原告福森の損害

(一) 治療費(診断書代を含む)

(1) 光市立病院 六二四〇円

自己負担分合計九七二六円から、被告が直接病院に支払つた三四八六円を控除した残額

(2) 徳山中央病院 三三二四円 計九五六四円

(二) 傷害慰謝料 五万〇〇〇〇円

原告福森は七日間通院したので、傷害慰謝料としては、五万円が相当である。

以上(一)(二)計五万九五六四円

5  損害の填補

原告久保は、被告から二五五万三五七二円を受領したので、前記合計損害額一九四八万六七四九円からこれを控除すると、残損害額は一六九三万三一七七円となる。

6  よつて、被告に対し、原告久保は、右残損害額一六九三万三一七七円及び内金一五四三万三一七七円に対する本件不法行為の日である昭和五七年九月一〇日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、原告福森は、右損害金五万九五六四円及びこれに対する右同様の遅延損害金、の各支払を求める。

二  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1  請求の原因1(本件事故の発生)のうち、(一)ないし(三)の事実(発生日時、場所、事故態様)は認めるが、(四)の事実(原告らの被った傷害)は知らない。

2  同2の事実(被告の責任原因)は認める。

3  同3の事実(原告久保の損害)のうち、

(一) (一)の事実(治療費)は知らない。

(二) (二)の事実(付添費)は否認する。

原告久保は、広島大学附属病院に入院中も、退院後の通院についても付添の必要はなかつたものである。

(三) (三)の事実(交通費)は否認する。

家族の交通費まで負担するべき理由はない。

(四) (四)の事実(物損)は否認する。

常識に照らし高すぎ、特に時計は、特別の立証がない限り、二万円が相当である。但し、平均して二分の一の九万六五〇〇円程度は認める。

(五) (五)の事実(入院雑費)については、原告主張は相当である。

(六) (六)の事実(薬代)は否認する。

病院の薬以外は不要であり、本件事故との相当因果関係がない。

(七) (七)の事実(医療器具代)は否認する。

必要のないものであり、本件事故との相当因果関係がない。

(八) (八)の事実(宿泊費)は否認する。

家族の宿泊費まで負担するべき理由はない。

(九) (九)の事実(休業損害)は否認する。

但し、日額三四〇〇円、休業必要期間は昭和五七年九月一一日(本件事故日の翌日)から昭和五八年三月五日まで一七六日の五九万八四〇〇円程度は認める。

(一〇) (一〇)の事実(傷害慰謝料)は否認する。

五〇万円が相当である。

(一一) (一一)の事実(歯の治療代及び義歯代)は否認する。

(一二) (一二)の事実(後遺症慰謝料)は否認する。

一〇〇万円程度が相当である。

(一三) (一三)の事実(後遺症による逸失利益)は否認する。

歯に補綴を加えたとしても、それによつて逸失利益が生じるとは考えられない。

(一四) (一四)の事実(弁護士費用)は知らない。

4  同4の事実(原告福森の損害)のうち、

(一) (一)の事実(治療費)は知らない。

(二) (二)の事実(傷害慰謝料)は否認する。

三万円程度が相当である。

5  同5の事実(損害の填補)は否認する。

被告及び東京海上火災保険株式会社が原告久保に支払つた金額は、合計三三四万六四八〇円である。

三  被告の抗弁(弁済)

被告及び右保険会社は、原告久保及び前記各病院に対し、本件事故の治療費等として、合計三三四万六四八〇円を弁済した。

しかし、右弁済は、原告側の強引な要求によつて支払わされたものであり、多くは本件事故との相当因果関係のないものである。即ち、被告は、法律知識がなかつたため、事故直後、原告側の要求に応じ、誠意をもつて賠償する旨の念書を作成、交付したところ、原告側は、これを乱用し必要経費との名目で金を湯水のごとく使い、その領収書を示して被告にその支払いをさせたものである。

一般に、被害者といえども損害額を最小限に抑える義務を負つているのであつて、右のようなことは許されるべきではない。

右弁済額のうち、原告久保に対して支払われた二五五万三五七二円のうちには、原告側の個人的買物や飲食代が多く含まれており、その三分の一相当の八五万一一九一円程度しか必要費としては認められないから、三分の二に相当する一七〇万二三八一円については、過払いの不当利得として、他の損害填補に充当されるべきである。

四  抗弁に対する原告らの答弁

抗弁事実のうち、原告久保に対し二五五万三五七二円の弁済があつたことは認め、その余は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求の原因1の事実(本件事故の発生)のうち、(一)ないし(三)の事実(発生日時、場所、事故態様)については、当事者間に争いがなく、同(四)の事実(原告らが被つた傷害)は、成立に争いのない甲第二、第三、第九号証によつてこれを認めることができる。

二  請求の原因2の事実(被告の責任原因)は、当事者間に争いがない。

三  請求の原因3の事実(原告久保の損害)について判断する。

1  治療費

成立に争いのない乙第四号証の一、二、弁論の全趣旨によれば、原告久保は、治療費として、

(一)  広大病院に対し、自己負担分合計一五万二六八五円から、被告が直接同病院に支払つた五万九九三〇円を控除した残額九万一七五五円

(二)  徳山中央病院に対し、自己負担分三〇六九円

(三)  光市立病院に対し、自己負担分合計五万二一八〇円から、被告が直接同病院に支払つた四万四二八〇円を控除した残額七三六〇円

計一〇万二一八四円

を支払つたことが認められる。

2  付添費

原告福森由希法定代理人福森由美子(以下「福森由美子」という)の供述及びこれによつて真正に成立したと認められる甲第一〇号証ならびに弁論の全趣旨によれば、原告久保は、本件事故当日の昭和五七年九月一〇日に光市立病院に入院し、同月一六日に広大病院に転院のため退院したものであるが、その間は付添いを必要とする状態にあつたものと認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。しかし、右証拠及び成立に争いのない甲第三、第五号証によれば、原告久保は、右退院後の同月二〇日から同年一〇月一四日まで広大病院に入院し、退院後一〇回(うち実治療七回)通院していることが認められるが、右の入院中及び通院について付添いが必要であつたとの事実については、弁論の全趣旨に照らすと、福森由美子及び原告久保トモ子本人の各供述によつては、なおこれを認めるに足りず、その他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そして、福森由美子の供述及び弁論の全趣旨ならびにこれらによつて真正に成立したものと認められる甲第七、第八号証、前記同第一〇号証によれば、原告久保の姉文子は、日立笠戸重工業協同組合に勤務し、一日当り五三二四円の収入を得ていたものであるところ、昭和五七年九月一一日から同月二二日までの一二日間、欠勤して原告久保に付添つたことが認められるから、このうち右退院までの六日間の休業損害相当額である

三万一九四四円

を付添費として認めるのが相当である。

3  交通費

前記甲第一〇号証、弁論の全趣旨によれば、原告久保が広大病院に通院するには、自宅から新幹線徳山駅までタクシー代おおむね五六〇円、新幹線徳山駅から同広島駅まで料金三〇三〇円、同駅から同市内のホテル(後期認定のとおり、広大病院の受付が早朝からのため前日一泊する必要がある)まで及びホテルから広大病院まで、タクシー代おおむね一九〇〇円、計片道七三九〇円、一往復で一万四七八〇円ほどを必要とすること、原告久保は、広大病院に入、退院で一往復、退院後通院のため一〇往復したほか、診断書の交付を受けるため及び診察料支払のために四往復、計一五往復したことがそれぞれ認められる。

したがつて、交通費としては、右一五往復に要する

二二万一七〇〇円

が、本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害と認められる。

原告らは、被告が原告らにたいし、原告久保の娘福森由美子やその夫が同原告に付添うのに要した交通費の全額を負担することを承諾した旨主張し、前記甲第一〇号証、福森由美子、被告本人の各供述によれば、本件事故後間もなく、被告側は、一方的過失により本件事故を起こした負い目から、原告側の要求に応じ、被告の父において、原告らが被つた全損害を賠償する旨の念書を作成し原告側に交付したこと、以後被告側は、原告側に請求されるままに、計二五五万三五七二円を原告らに支払つたことが認められる(右金額の支払については、当事者間に争いがない)。

しかしながら、被告において、本件事故と相当因果関係の範囲内にはない損害については、これを賠償するべき義務はないのであるから、右念書作成の際に、被告も同旨の合意をしていたとしても、その真意は、本件事故と相当因果関係の範囲内にある全損害を賠償することを約したものと認めるのが相当である。したがつて、右二五五万七五七七円のうち、原告側において右範囲内にない出費の賠償として受領した分は、不当利得となり、被告において右範囲内にある他の損害の賠償に充当することができるものというべきである。

4  物損

福森由美子の供述、弁論の全趣旨、これらによつて真正に成立したと認められる甲第四六号証によれば、原告は、本件事故により、メガネが破損して使用不能になり、ふとん(中古)に血が付着して使用不能になり、時計を紛失したこと、メガネの購入に五万七〇〇〇円を出捐したことが認められ、ふとんの使用不能による損害としては五万円、時計紛失による損害としては三万円がそれぞれ相当と認められるから、物損は

計一三万七〇〇〇円

となる。

5  入院雑費

入院中の諸雑費としては、入院一日につき六〇〇円が相当というべきであり、前記甲第三、第四、第一〇号証によれば、原告久保は、光市立病院に昭和五七年九月一〇日から同月一六日まで七日間、広大病院に同月二〇日から同年一〇月一四日まで二五日間、計三二日間入院したことが認められるから、右諸雑費は

一万九二〇〇円

となる。

6  薬代

福森由美子の供述及び弁論の全趣旨ならびにこれらによつて真正に成立したと認められる甲第四七ないし第五四号証、成立に争いのない乙第三号証の七、四四、一〇一、一〇九、一九六、二六二によれば、原告久保は、本件事故による受傷の治療のため、光市立病院の医師の指示にしたがい、薬局から

計三万四二九五円

の薬を購入したことが認められ、右は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

7  医療器具代

福森由美子の供述及び弁論の全趣旨ならびにこれらによつて真正に成立したと認められる甲第五五、第五六号証によれば、原告久保は、本件事故の手当としてあごにギブスをはめられたため、広大病院の医師の指示にしたがい、口腔の洗浄器具の購入に

三万円

を出損したことが認められ、右は本件事故との相当因果関係のある損害であるというべきである。

8  宿泊費

福森由美子の供述及び前記甲第一〇号証、弁論の全趣旨によれば、原告久保は、広大病院に入院するに際し、病室があき次第入院するため、昭和五七年九月一六日から同月一九日まで広島市内のホテルに待機して四泊したこと、同病院へ通院するに際し、同病院の受付が早朝からのため、順番を確保するには前日から広島市内のホテルで待機する必要があり、前記認定の通院一〇回につき一〇泊したこと、ホテルの宿泊料は一人一泊おおむね一万円であることが、それぞれ認められる。

したがつて、宿泊費としては、右一四泊に要する

一四万円

が、本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害と認められる。

右証拠によれば、原告久保は、広大病院退院の日及び前記認定の同病院へ診断書の交付を受けるためと診察料の支払いのため四回赴いた際の計四回、広島市内のホテルに各一泊していることが認められるが、本件全証拠によつても右宿泊の必要性は到底認めることができないから、右宿泊に要した費用は、本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害とは認め難い。

前記福森由美子とその夫の宿泊費についての原告の主張についての判断は、前記3の交通費についての原告の主張に対する判断と同じである。

9  休業損害

福森由美子、原告久保トモ子本人の各供述によれば、原告久保は、本件事故当時、呉服店のパートタイマーとして稼働し、時間給四八〇円、一ケ月六~七万円を得ていたこと、そのほかに冠婚葬祭の着付けにより収入を得ていたことは、これを認めることができるが、右の着付けによる収入月額が九~一〇万円あつたとの点については、右各供述によつては直ちにこれを認めることができず、そのほかにこれを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告久保の事故当時の月収が一六~一七万円であつた旨の原告らの主張は、これを認めることができず、同原告の月収は、本件全証拠によつてもこれを確定することができないから、本件事故による同原告の休業損害を算定するについては、控え目の数値によるべく、昭和五七年賃金センサスの女子労働者小学、新中卒四五~四九歳の平均賃金によるのが相当というべきである。

そして、成立に争いのない甲第一一号証によれば一日当りの右平均賃金額は四八五九円であり、弁論の全趣旨によれば、同原告の通院は昭和五八年三月五日までで、同日をもつて症状固定との診断を受けたものであることがそれぞれ認められる。

そうすると、同原告は、本件事故当日は事故発生の時刻からみて勤務を終えたものと認められるから、その翌日である昭和五七年九月一一日から翌五八年三月五日まで計一七六日間に

計八五万五一八四円

の休業損害を被つたものと認めることができる。

10  傷害慰謝料

原告久保が本件事故によつて被つた前記傷害による慰謝料としては、前記認定のとおり入院日数三二日、通院期間四ケ月余り、実通院治療日数七日をそれぞれ要したことを考え合わせると

六〇万円

が相当というべきである。

11  歯の治療代及び義歯代

成立に争いのない甲第五、第六号証及び福森由美子、原告久保トモ子本人の各供述によれば、原告久保は、今後なお歯の治療代及び新義歯装着の費用として

七〇万円

の出捐を要することが認められ、右は本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害というべきである。

12  後遺症慰謝料

前記甲第四、第五号証及び弁論の全趣旨によれば、原告久保の本件事故による傷害は、昭和五八年三月五日症状固定し、次の後遺症が残つたことを認めることができる。

(一)  一六歯が欠損し、これに歯科補綴を加えた。

(二)  右側顎関節部の放散痛が残つた。

(三)  咀しやくの機能に軽度の傷害を残した。

(四)  下顎部に創痕二個を残した。

そして、右(一)の後遺症が自動車損害賠償保障法施行令別表一〇級三号に、右(四)の後遺症が同一二級一四号に、それぞれ該当することは明らかであるが、右(二)の後遺症は、本件全証拠によつても「頑固な」ものとは認め難いから、原告主張のように同一二級一二号に該当するとはいえず、また右(三)の後遺症は「軽度の」ものであるから、原告主張のように同一〇級二号に該当するとはいえない。

いずれにせよ、原告久保の後遺症は同表一〇級以下のものであるから、昭和五六年五月一日一部改正の運輸省自動車局長通達「政府の自動車損害賠償保障事業損害てん補基準」の後遺障害による慰謝料等の額が一〇級で一六二万円であること、その他前記認定の諸事情を考慮すると、同原告の前記後遺症による慰謝料としては

一六〇万円

が相当というべきである。

13  後遺症による逸失利益

弁論の全趣旨によれば、前記(四)の後遺症は幸い人目につきにくい個所であることが認められるから、労働能力に与える影響はほとんど認め難く、また前記(二)の後遺症も、前記のとおり「頑固な」ものとは認め難いから、同様労働能力に対し、長期にわたつて影響を及ぼすものとは、直ちに認め難い。

しかし、原告久保トモ子本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、前記(一)の後遺症は、同(三)の後遺症とあいまつて、原告久保の本件事故後の食生活に重大な影響を及ぼしており、同原告は、右各後遺症により食事が充分にとれないため、現にかなり体力の低下をきたしていることが認められるから、前記通達で障害等級一〇級の労働能力喪失率が二七パーセントと定められていること、前記甲第五号証及び弁論の全趣旨によれば、同原告は現在暫間義歯を装着しているものであり、将来新義歯を装着することによつて、右の影響はある程度改善されると認められること、その他前記認定の諸事情を考え合わせると、昭和一〇年七月一一日生(前記甲第二号証によつて認める)で本件事故当時満四七年であつた同原告は、本件事故により、満六七年まで就労可能年数二〇年にわたつて、労働能力を少くとも二五パーセント喪失したものと認めるのが相当である。

そして、前記甲第一一号証によれば、前記平均賃金の年額は一七七万三八〇〇円、二〇年のホフマン係数は一三・六一六であるから、同原告の後遺症による逸失利益は、

六〇三万八〇一五円(1,778,800×0.25×13.616)

となる。

14  原告久保が、本件事故によつて被つた弁護士費用を除く損害は、右1ないし13のとおりで、

計一〇五〇万九五二二円

となる。

四  次に被告の弁済の抗弁について判断する。

成立に争いのない乙第四号証の一ないし八、同第五号証の一ないし二五、証人秋保隆彦の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる乙第一号証、弁論の全趣旨によれば、被告は、原告ら及び前記各病院ならびに徳山社会保険事務所に対し、計三三四万六四八〇円を支払つたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

しかし、右乙第四号証の一、二、七によれば、右金額のうち計一〇万八二三六円は、前記三、1、(一)、(三)及び後記六、1、(一)に認定のとおり、被告が前記各病院に直接支払つたものであり、その余の右乙第四号証によれば、右金額のうち六八万四六七二円は、被告が原告らに対する健康保険給付費の求償金として徳山社会保険事務所に支払つたものであることが、それぞれ認められ、原告らは、本訴請求において、右計七九万二九〇八円を当初から支払いずみのものとして損害額から控除していることが、その主張から明らかであるから、前記弁済総額から右金額を控除した残額

二五五万三五七二円

が原告らの本訴請求にかかる損害額に充当されるべきこととなる(右金額の弁済がなされたことは、当事者間に争いがない)。

そして、原告らは、本訴請求において、被告の弁済をすべて原告久保の損害に充当しているから、これにしたがい、右弁済を全額原告久保の前記三、14の弁護士費用を除く損害合計額から控除すると、同原告の右損害合計額の残額は、

七九五万五九五〇円

となる。

五  請求の原因3(一四)の事実(弁護士費用)については、前項の金額、本件審理の経緯その他諸般の事情を考え合わせると、

四〇万円

が、本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害として相当と認められる。

六  請求の原因4の事実(原告福森の損害)について判断する。

1  治療費

成立に争いのない乙第四号証の七、弁論の全趣旨によれば、原告福森は、治療費として、

(一)  光市立病院に対し、自己負担分合計九七二六円から、被告が直接同病院に支払つた三四八六円を控除した残額六二四〇円

(二)  徳山中央病院に対し、自己負担分三三二四円

計九五六四円

を支払つたことが認められる。

2  傷害慰謝料

福森由美子の供述によれば、原告福森の傷害は、幸い通院三、四日で治ゆしたことが認められること、その他前記認定の傷害の部位、程度を考え合わせれば、同原告の傷害による慰謝料としては

二万円

が相当と認めるべきである。

3  そうすると、原告福森が本件事故により被つた総損害額は

二万九五六四円

となる。

七  そうすると、原告久保の本訴請求は、八三五万五九五〇円及び内金七九五万五九五〇円に対する昭和五七年九月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金、原告福森の本訴請求は、二万九五六四円及びこれに対する右同様の遅延損害金、の各支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山﨑杲)

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